的場悠人の体和 Tai-wa 日記

理論と実践を行き来するヨガ研究者。ここではヨガ以外のことも。大学時代から継続のブログ。

お誘い①

それを無理に、手放せなくてもいい。

それを無理に、受け入れなくてもいい。

 

手放すために、マインドであれこれ格闘しなくていい。

ただ、その息を吐いてほしい。可能なら、その吐く息が、よりスムーズに出ていくために、あなたの身体の他の部分も協力してあげてほしい。

あなたが手放したかったそいつは、少量かもしれないけれど、今出ていった吐く息の中にちゃんと含まれているから。

生き続けているうちに、要らんものはなくなっていくだろうから。

 

何かを受け入れようと、より柔軟になろうと、そんな無理なことを自分に課さないでほしい。

そして今、吸えるだけの息を吸ってほしい。可能なら、その吸う息が、よりあなたの隅々まで行き渡るように、身体全部が協力してあげてほしい。

その吸い入れた息の中に、あなたが受け入れたかった、まさにそのものも含まれているはずだから。

本当に必要なら、いのちがそれを受け取って、大事に育ててくれるはずだから。

 

世界は混ざり合っている。

あなたが欲しているまさにそのものが、あるいはあなたがまさに手放したいまさにそのものが、「ここ」には全くない、なんてことはない。

目を背けたくなるような残酷さも、うっとり見とれてしまうような美しさも、まぶしくて目を閉じてしまいたくなるような偉大さも、みっともなくて見ていられなくなるような卑劣さも、みんなここにある。ちょっとずつね。

 

苦手なものを、それ単体でまじまじと見つめながら、食べようとするから食べられないんだ。

他のあらゆるものと一緒に、それが混じっているかなんか気にせず、必要な分だけ取り入れればいいじゃないか。

 

いのちは、その時、必要なものを、必要な分しか取り入れられないし、排出できない。

まさにそのことによって、ぼくらは完全に生きている。

この素晴らしい知性に、ぼくらは何か付け加える必要があるだろうか。

 

生きよう。

いのちがそうであるように。

そんな風に生きている人が増えてほしいし、僕もそうでありたいと思う。

 

f:id:yutoj90esp:20190123110514j:plain

 

「何でもヨガ」論と、「ハタヨガ原理主義」

ちょっとでもヨガについて勉強してみると、その扱う範囲の広さに圧倒される。

単なる身体的なエクササイズだと思って入ると、道徳的、社会的なことまで口を出してくるヨガの広範さに、「何これ?」となる人は多いのではないか。

 

そして、この辺りでこのような言葉に出会うだろう。

・ラージャヨガ(瞑想のヨガ)

バクティヨガ(信愛、熱烈信仰のヨガ)

・カルマヨガ(行動のヨガ)

・ジュニャーナヨガ(智慧のヨガ)

・ハタヨガ(身体運動を伴うヨガ)

 

特にカルマヨガの姿勢に触れると、やること為すこと何でもヨガ、と言ってのけたくなる。

バガヴァッド・ギーターを読むと、現代のハタヨガでイメージされる身体運動は一切行われず、クリシュナ神からひたすらヨガの思想を説かれ、迷わず行動するよう勇気づけられる戦士アルジュナの姿が描かれている。

 

一方で、現代「ヨガ」と名前のつく実践、指導は、やはりアーサナ(身体運動)、プラーナーヤーマ(呼吸)を中心にしたハタヨガの実践から行われることが多い。

 

そして、僕の実感としては、このアーサナ、プラーナーヤーマの位置づけが、行う人によってまちまちなのである。

 

よくある解釈としては、

アーサナは瞑想の準備である。体操として、快適な身体を準備するもの。

アーサナも瞑想そのものである。禅において、掃除など一挙手一投足が瞑想であるのと同様に。

③あるいはそんなこと考えず、ただ楽しいから、もしくはただ鍛えたいから、ひたすらに身体を動かしている。それが瞑想につながるかなんて考えない。

 

③は無視しておいて(たぶんそれなりに多いのだが)、

僕としては、①、②のどちらも否定はしないが、完全に納得もできない。

 

①の解釈では、アーサナは、のちに瞑想で坐る際の準備ができれば何でもよいことになる。そして、アーサナ自体は、ヨガそのものではないと言われたりする。あくまで準備だ、と。そしたら、別にアーサナじゃなくても、身体を整える体操やエクササイズなら何でもいいじゃない、となる。

そうではない、と思う。

①へのカウンターとしてよく出てくるのが②だが、これはこれで、アーサナをやる意味が分からなくなる。「何でもヨガ」なら、とりたててアーサナをしたり、坐って瞑想したりする意味が分からない。

ただ、やること為すことへの態度を気をつけていればよいことになる。

それも違う、と思う。

 

では、僕の立場はどうかというと、

アーサナには、瞑想を導くための、代替不能な意味がある」ということだ。

そして、そのカギは、「呼吸のために動けているか」というところにある。

何でもよいわけではない。

ただやみくもに動けばよいわけでもない。

アーサナそれ自体が、呼吸を拡張し、強化し、自然にプラーナーヤーマ(字義通り解釈すれば、「プラーナ(呼吸、生命力)を引き延ばすこと」)を促すものになっているか。

そして、自然に導かれた呼吸の拡張が、瞑想をこれまた自然に促すものになっているか。

アーサナ、プラーナーヤーマ、瞑想が、それぞれそうでしかあり得ないものとして、この順番で、有機的につながり、代替不能な仕方で用いられる。

これが、「ハタ・ヨガ」だと僕は思っている。

 

そして、現代の人々の多くに、「サーダナ(今ここから、実際的に行えること)」として勧められるのは、ハタ・ヨガ以外に思いつかないのだ。

実践を始める契機として重要だと思うのは、

①迷わず、それに専念できること

②絶対にできること、何ならすでに少しやり始めていることから始めるということ

③できることに専念している結果、豊かな実りが自然に得られるということ

こんなところだ。

 

もし、もともと身体に問題がなく、悩みが少なく、自然体で生きていて、坐ればいきなり瞑想状態に入れるような達人なのであれば、ラージャヨガ(だけ)でよいのかもしれない。

 

もし、一切迷うことなく、熱烈に信仰する対象がいるなら、それを利用して「バクティヨガ」が可能かもしれない。

しかし、これだけ世界的な交流があり、多様な考えに触れられる現代において、そのような人は稀な方だろう。

 

もし、自分の仕事に一切迷いがなく、「これを為すことこそが自分の人生の義務だ」と言い切れるのなら、それに打ち込むことで「カルマヨガ」になるかもしれない。

しかし、これだけ職業選択の余地がある現代において、「ほんとうにこれが私のやるべきことなのかな」などという迷いを一切抱かないということは、なかなか酷だろう。

 

もし、生活上の必要に心煩わせることなく、ヴェーダの真理の探究だけに専念できるような立場にいるのであれば、「ジュニャーナヨガ」が可能かもしれない。

しかし、今やインドですらカーストが崩壊しつつあり、経済的心配をせずに学問的探究だけしていればよい人は、あまりいないだろう。

 

このように見ていくと、「身体があり、呼吸している」という条件さえあればひとまず実践できるハタヨガは、かなり多くの人に開かれているように思える。

そして、さらに言うなら、「生きているだけで我々はハタヨガ「男性、太陽」「女性、月」ヨガ(融合))的に存在している」。

どういうことかというと、僕らは必ず両親の交配によって生まれているし、吸ったら吐かないと生きていけないし、酸素を吸い入れるだけの柔らかさと、二酸化炭素を吐き出すだけの強さを備えていなければならない。

その生命の両極的な運動を、少なくとも身体の一部では行っている。

意図していなくても、肺は膨らむし、お腹もちょっとは動いている。

ハタヨガにおけるアーサナとは、すでに生じているその生命の運動に、全身で加わり、強化していくことに他ならない。

だから、おおよそ誰でも始められるし、なんならすでに少しは始めているのだ。

 

「ヴィンヤサ・クラマー」。練習の順番を守るということ。

ハタヨガで言うなら、呼吸のために、呼吸の心地よさを超えない範囲で、全身を動かすこと(アーサナ)から始める。そして、その動きから自然に深まった呼吸を眺める(プラーナーヤーマ)。

ここまでが、サーダナ(できること)

 

それらの結果、瞑想(ダーラナー、ディヤーナ、サマーディもしくはラージャヨガ)が訪れるかもしれないし、

不要な習慣はなくなり、必要なことだけ為すようになるかもしれない(ヤマ、ニヤマ)し、

何かへの感謝が芽生えるかもしれない(バクティヨガ)し、

行う仕事に専念できるかもしれない(カルマヨガ)し、

大きな智慧が湧くかもしれない(ジュニャーナヨガ)。

これら、「かもしれない」系のことは、「シッディ(恩恵)」

取り立てて意識する必要はないと思う。

 

以前の僕は、ヨガの教師の多くが、いろいろ言っても結局最後は「ヨガをしましょう」という話しかしないのが少し嫌だった。

でも今は、むしろ僕自身も積極的にそのことを主張している節はあるし、違和感もほとんどなくなった(この変化は、結構大事なことだと思う)。

 

なぜなら、現実的に、これくらいしか提案できることがないと思うからだ。

そういう意味では、「ハタヨガ原理主義」とでもいえる立場に近づいているかもしれない。

 

これだけ多様な考えがあり、しかも「多様さを認めるのが大事だ」とさかんに言われる世の中において、こんなことを主張するのは少し勇気がいる。

この文章を読んで、批判された気分になった人もいるかもしれない。

 

今回、僕がこの文章で示したかったのは、

「ごちゃごちゃに語られがちな『ヨガ』という言葉を整理し、その上でハタヨガが、アーサナがどんな価値を持つのか確認しよう」ということである。

そして、「現実的にできることから始めよう」ということである。

それが、僕にとってはアーサナから始まるハタヨガであり、たぶん、多くの場合あなたにとってもそうだ、ということだ。

 

もちろん、健康状態や障害、あるいは環境によって、ハタヨガの実践さえ難しい場合もあるだろう。

そういう人達に、僕はどんな力になれるか。

「僕に」何ができるのかという問いに立ち戻ってくる時、やはり与えられたものから出発し、できることを為していくしかないと思うのだ。

 

 

f:id:yutoj90esp:20190105063505p:plain

 

  左から僕、父、姉の後ろ姿。

 今年もよろしくお願いします。 

 

 

 

 

矛盾を矛盾のまま実装したひとつの実践

例えば、「傷つけてはいけない」(Ahimsa)と、

「嘘をついてはいけない」(Satya)を同時に命じられるような時。

出された料理がまずかった時、一生懸命作った人に「お味はどう?」などと聞かれたら、どうしてよいか分からなくなる。

 

例えば、「欲張るな、所有するな」(Aparigrah)と言われ、

かつ「生き続けなければならない」(不文律)場合。

生きるとは、エントロピー増大に反し、有限な閥の中にリソースを囲い込む(所有する)、ということに他ならないのにも関わらず。

 

別にヨガ実践者でなくても、生きていれば、このような矛盾に突き当たる。

この矛盾を、まともに受け取ってしまう、真に受けてしまう人ほど、苦しんでしまうのだと思う。

矛盾があるとすれば、ヨガの体系の方にではなく、未熟な自分の方にあるのだ、と。

生きているということがおかしいのではなく、それを受け止めきれない私の方がおかしいのだ、と。

 

G.ベイトソンの「ダブル・バインド(二重拘束)理論」を当てはめれば、

① Aをしてはならない

② Aを避けるためにBしてはならない

③ ①、②間の矛盾を指摘してはならない

 

こんな条件がそろうと、人はたやすく神経症になってしまえる。

しかし、この矛盾をブレークスルーできると、禅でいう「悟り」みたいな境地に行けたりもする、という(たぶんこれは、厳格に師の下で学ぶ必要がある)。

 

で、僕はどうかというと、

かつて相反する命令を自分に出し過ぎて、ノイローゼ的になったことはあるし、

そんな苦境を乗り越えれば、違う境地に行けるのかな、と目指したこともある。

 

でも、今はもっと気楽にヨガをしているし、生きている。

なぜかというと、一言で言えば、

「矛盾を矛盾のまま実装したひとつの実践」を、迷いなく行うことができているからだ。

 

それが、「呼吸に導かれて動く」ということ、つまりハタ・ヨガだ。

「呼吸に従う」とは、意識上はひとつのことをやっているだけだ。

だから、迷わずできる。

実践者にとって、矛盾に耐えながらあくせくするという負担はない。

しかし、「呼吸」というひとつの対象は、ちゃんとその中に矛盾を実装(内包)した「優れもの」なのだ。

 

刻一刻と変わっていく世界に対し、常に迎合する、吸う息。

自らの秩序に基づいた個体的(自己中心的)な力を、世界に与え返していく、吐く息。

 

世界を受け入れる、優しさとしての、吸う息。

自らの力をまっすぐ、曲げることなく貫いていく、吐く息。

そこには、生きていることそのものが不可避的に備えてしまう矛盾が、端的に示されている。

 

たぶん、生きているということだけでダブル・バインドまみれなのだ。

その生を乗り切るために、直線的(liner)な思考を持って立ち向かうと、必ずと言っていいほど、特定の性質だけを最大化する、生命にとって不自然な営みになってしまう。

 

「生命に単調な値(多ければ多いほどよい、少なければ少ないほどよいような値)はない」(G.ベイトソン『精神と自然』)のだから、

特定の変数だけ最大化する方向に向かえば、システムは必ず崩壊に向かう。

 

システムは必ず崩壊する、という点においては、生命に寄り添う、「自然な生き方」ができたとしても同じかもしれないが、、

I want to live just like how life is.

(生命がそうである、というのと同じように生きてみたい)

と思っている。

その方が、快く終わりを迎えられるだろうから。

 

もうちょっと大きなことを言えば、

「人類の滅亡は食い止めなければならない 」とは思わないが、

「人類が自ら身を亡ぼすことは、食い止めたい」とは思う。

 

 

 

 

サッカー少年が、ゆるやかに死んでいく過程

なんだかよく分からない偶然が続いて、サッカー少年だった時代の僕のことを、振り返らざるを得なくなった。

というより、僕の過去が、勝手にストーリーとして紡がれて、今の自分を編み込んでいる素材として、ありありと感じられるようになった。

 

そういえば僕は、ずいぶん熱心なサッカー少年だった。

そいつが、ゆるやかに死に始めたのは、いつからだっただろうか。

高校入学直前、スペインでプレーする機会をもらい、同世代の世界レベルを体感した。

全く追いつけないほどではない。高校での頑張り次第では・・

そんな気持ちで高校サッカーをスタートさせた。

 

 

それから、、

現実は、分かりにくく、徐々に、しかし確実に、突きつけられてきた。

高2、高3と上がるにつれて、県内のトップとも言えない高校でレギュラーにすらなれないという現実が、どんどん重くなってくる。

いつまでも、「サッカーで世界に行きたい」などとは言っていられなくなる。

進路も考えなければ、勉強もしなければ・・・

 

僕は、サッカーにおいて、ちょっと特殊な努力をしていた。

きっかけは、中3の冬、甲野陽紀先生(身体技法研究者)との出会い。

周囲との体格差などで苦しんでいた僕は、筋トレなど西洋科学的なトレーニングを断念し、東洋の智慧が育んできた身心技術に目をつけた。

触れたと思えば人を軽々と投げる武術家、1日200キロ走る飛脚、米俵を楽々と担ぐ農家のおばあさん。

現代スポーツの常識を超えた、身体が持つ桁違いのポテンシャルを、目の前で見せてくれたのが甲野陽紀先生だった。

月1回、教室に通いつつ、学んだものをサッカーのグラウンドで活かそうと躍起になった。

その過程で、ずいぶんと変な工夫をしながら。

 

例えば、

準備運動をやめた。いつ襲われても動ける、武術家のような身体を目指して。

筋トレをやめた。局所的に身体を鍛えるという発想を、捨てたかったから。

スパイクではなく、トレーニングシューズを履いて練習した。

地面を噛むようなスパイクより、足底が平らなトレーニングシューズの方が、なめらかに動ける気がしたから。

飛脚のように、荷物を持ったまま走って、家まで帰った。

ケガで練習できない時は、一本歯の下駄を買って、それを履いて歩き回ったりした。

走り方、身体のぶつけ方、手の形、視野の置き方、

いろんなことを見直してみた。

 

そのせいで、けっこう変なヤツだと思われていたはずだし、

僕自身も、通常のスポーツトレーニングで指導されることとのギャップに戸惑い、混乱することも多々あった。

試合の後監督に提出する「サッカーノート」の中に、戦術的なことに加えて武術的な観点でいろいろ書いてみたら、「自分の考えを持つのは大事だが、チームスポーツなんだから、周りとつながることが大事」というコメントが返ってきた。

 

それもこれも、僕がサッカープレイヤーとして結果を出せれば、違うものになっていたはずだ。

しかし、3年間は短すぎた。或いは、僕の力が圧倒的に及ばなかった。

そして、終わりが近づくにつれ、単に「高校サッカー引退」という以上の意味が、僕に突き付けられてきた。

それは、5歳からずっと育んできた、サッカー少年としての僕の死だ。

 

 

高3の中頃になると、自分の立ち位置がぼんやりと分かるようになる。

「どうやら無理らしい」という声を、かき消すように練習する。

が、だんだんとその声が大きくなる・・・

 

その頃の僕のパフォーマンスは、ひどいものだった。

なぜか試合になるとすぐに息切れしたし、ボールが足に付かなかった。

チームメイトとも、よく言い合いになった。

今思うと、神経症的ですらあったと思う。

 

公式戦に出る、全国大会を目指す、とか以前の問題だった。

本来、「もっと練習する」ということ以外で解決すべきものだったのだろうが、当時の僕は、ひたすら練習することによってしか、自分を保てなかったのだと思う。

 

ベンチで水やらタオルやらのサポートをしながら迎えた、高校サッカー引退の日は、周りのみんなにつられて涙も出たけれど、感情は無だった。

僕の中では、もうとっくに「終わっていた」から。

 

そして、グラウンドに行かない毎日が始まり、

すぐに大学受験があり、無事に筑波大進学が決まった。

もう、サッカーをやる気にはなれなかった。

 

サッカーの過程で出会った身体の可能性への探究は、禅、さまざまな武術、ボディーワーク、そしてヨガへと僕を導き、未だに同じくらいの熱さで燃えている。

 

しかし、サッカーで世界を目指したあの少年の熱は、いつ終わりと告げられることもなく、じんわりと消された。

 

そして、今でもたまに、とってもリアルな夢を見る。

試合に出られるのかどうか分からず、ピッチ脇でウォーミングアップする、微妙な緊張感。

疲れた身体を引きずりつつも、早朝に起き出して走り出す、あの日常。

飛び交う声、襲い掛かってくる人たちの中で、足元のボールに触れ、ゴールを目指す‥‥

 

あんまり、大きな問題だと思っていなかった。

「弔い」。

納得して終わらせてあげらなかったからこそ、成仏できない魂のように、僕の中に息づき続ける、サッカー少年の熱。

 

今でもたまに、ボールを蹴る。

サッカーをテレビで観る。

この楽しみは続けたいから、完全に死なせなくない。

 

それでも、納得できないままゆるやかに死を迎えてしまったこいつを、

ちゃんと「弔い」してやりたいと思う。

こいつの熱も、満たされないところで空回りを続けるのではなく、

今の僕の生に、参加してきてくれるように。

 

よく頑張りました。

これからも一緒に生きていこう。

 

f:id:yutoj90esp:20181225163748j:plain

高校サッカー最後に出た試合にて。

学び、別人になり、そして忘れよ

何か夢中になっている本があったり、刺激的な学びがあった直後のこと。

人と話す時に、ついそのことばっかり話してしまうことがある。

でも、その時、その「本や学んだことの内容を」話すことに夢中になってしまい、「その人と」話すことがおろそかになってしまうことが多い。

自己満足的に語った後、「うーーーん‥‥」という顔をしている相手を見ると、なんだかこちらも気分がよくない。

そこで、初めて気づく。「ここにいる」ということを忘れてしまっていた、と。

 

特定の過去、特に直近に経験したことに、特別大きな影響を受けている状態は、どうも自由ではない。

辛いものを食べた後に甘いものを食べたくなる、という時は、「辛いものを食べた」という特定の過去に強く依拠した動機であり、決して「自由に」振る舞い、甘いものを欲したというわけではない。

特定の過去が、「面白い本を読んだ」といった一見好ましいことであっても、取り立ててひとつの過去に強く影響を受けている状態は、やはり自由とは言えない。

勉強熱心であるほど、この傾向にはまってしまうことがあると思う。

 

では、どうすればよいのか。

最近、(こういう話の入り方をすると、いかにも最近の出来事に縛られているようだが、この場合は文脈に応じて適切な例を引き出しているだけなので、大目に見ていただきたい)「シュタイナー教育」についてのビデオを観た。

https://www.youtube.com/watch?v=0KCcV16uE6o&t=4s

 

彼らの授業の様子は、とても興味深いものだった。

例えば5桁くらいの大きな数を「4で割る」という計算をする時、いきなり計算に取り掛かることはしない。まずは4の段の九九を、身体全体でリズムを取りながら暗唱して復習する。それから、割られる数をじっくり見、おおよその予想を立てる(例えば一の位が「1」だったら、4で割ると必ず「余り」が出る、など)。それから、途中の計算過程もすべて声に出しながら、計算していく。

そこには、計算を機械的にできるだけ速く行おうとする姿はなく、むしろ身体全体で数にどっぷりと浸ろうとする試みに見えた。

 

さて、これだけ数という抽象概念に没入すると、日常生活や身体を使った作業に戻った後も、グルグルと頭の中で考えをめぐらす、ということになりかねない。

数の研究に没頭し続ける道を選ぶならこれでもよいのだが、しかし、僕らには身体があり、生活があり、生きている環境との関わりがある。そんな時、頭がさっき学んだことで一杯では、状況に対して遅れをとるし、そこで起きている美や素晴らしい体験を逃してしまうことにもなりかねない。

そこで、こんな工夫が施されていた。

授業の終わりに生徒たちは、こんな詩を暗唱する。

 

初めの行いは終わりました

学んだものを休めましょう

私の中で芽を出して

知恵と愛と力になるように

私が地球と人間に

福をもたらしうるように

 

こんな風にして、授業の最後には、学んだことを「休める」もしくは「忘れる」という過程が大事にされている。

「忘れる」というと、学ぶ以前の状態に「元通り」になってしまうように聞こえるが、そうではない。

数なら数に「身体全体でどっぷり浸かる」という体験をした後の生徒たちは、紛れもなく学びの前とは「別人」になっている。これは、自転車に乗れるようになった人が、乗れる以前の状態に戻れないのと同様に、不可逆的な変化である。

こうして別人になった後、学んだことを、そして学んでいたということすら、すっかり忘れてしまう。

これは、先ほどの僕の言い方で言えば、「特定の過去に取り立てて色濃く影響を受ける不自由な状態」から解放されるということだ。

こうして生徒たちは、ついさっき学んだことから自由になり、しかしその学びをしっかりと蓄えて、今この瞬間の生を生きることができる。

 

学んだことが有意義であるほど、それを大事に抱えて、それに頼りながら生きていきたくなる。しかし、抱えるものが多くなるとは、自由を失うことでもある。

学び、別人となり、その新しい生をひとつの完全な生として、特定の何かに頼らなくても自由に振る舞える生として、生きてゆきたいものだ。

今僕らが目の前にしている現実も、さっき学んだことと同等に、実り豊かなものなはずだから。

 

f:id:yutoj90esp:20181124224709j:plain

 

 

 

 

No Rush!

どんなに畑仕事を頑張っても、たくさん水や栄養を与えても、それで収穫が早くなるわけではない。

生が経験することを早送りで進めることはできない。

どんなに厚い本も、1ページずつ読み進めるしかない。

本の厚さを見て、まだこれしか読んでいないのか、と焦ることもある。

だが、その焦りは、目の前のページに向かうことを妨げるだけである。

 

結果が出た時は、誰かが認めてくれる。

結果が出ない時こそ、自分で自分を認めてあげるべきなのだ。

「なんにもできていないじゃん。」

そんなことを冷酷に告げてくる世間の目に、自分の目も加えなくていい。

なんにもできていないように見える一日でも、そうやって存在し続けていることに、halleluiah!

 

こんな時こそ、「できること」と「その結果として期待されること」をきっちり分けて考えることが大切だ。

実りに目が行くと、目の前の道を見失う。

目の前の景色を楽しみながら歩いていたら、いつの間にか豊饒な実りがあることもあるだろう。

それは、まさしく「生のギフト」であり、「僕自身の行いによるギフト」では全くないのだ。

 

 

私たちの行為は、肉体の動力源ではない。

ただ、農夫のように障害を取り除くものである。(Y.S. 4-3)

 

この地道さが難しいのは、「望んだ情報がすぐ手に入る」という状況に慣れ過ぎたせいかもしれない。

この道は、そんなに容易いものじゃない。

 

ゆっくり、行こう。

 

はかない「自分」による「自分」論

前回の記事を読んでくれた人から、質問をもらった。

前回記事「因果の中に位置づけられるヨガ

 

問題となった箇所はこちら。

原因と結果の連鎖を見通し、諸々の関係において浮かび上がってくる「自分」というものについて知ること(svadhyaya 自己理解)。

そして、それらの連鎖が、個に帰するものでないことを見極め、その流れに身を委ねてゆくこと(isvarapranidana 自在神祈念)

 たしかに、分かりにくい(自分で書いたくせに)。

「自分」、「個」といった言葉で指し示していることの内容が、伝わりにくい。

 

「自分」というものを、いかにとらえるべきか。

ニュートン的、デカルト的な近代科学・哲学の影響を色濃く受け、そこから完全に抜け出しきってはいない僕らの世界観では、いまだに「自分」が、「一貫したアイデンティティを持った、矛盾のない、安定的な個体」としてとらえられていることが多い。

まるでビリヤードの球のように、ある固定的な性質を持った、境界がはっきりとした、ある刺激に対して一定の反応を返すような、そんな主体として。

 

しかし、その存在を見つめるほど、そのような固定性はあやしくなってくる。

そういえば、冒頭の質問をしてくれた人(当時は生物学を専攻する大学院生だった)に、僕はこんな質問をしたことがある(された当人は覚えているかどうかわからないが)。

ひとつの細胞が死ぬのと、ひとつの生命体が死ぬのって、どう違うの?

 

多細胞生物である僕らは、いくつもの細胞が寄り集まってひとつの凝集体をなしている。しかし、その中身自体は常に入れ替わったり、新しく生まれたり死滅したりしている。

厳密に見ていくと、どこからが自分でどこまでが自分かなんて全く分からなくなる。

さっき食べた、まだ胃の中でうごめいているような食べ物は?

ここの空気は?

僕に強く影響を与えた、あの人のアイデアは?

やたらと不機嫌そうな、向かいの人の不快な「気分」は?

 

私たちが皮膚の境界をもってひとつの個体としてみなしがちなのは、皮膚の内側の細胞同士の相互作用の密度が、別の個体の細胞との相互作用に比べて大きいからである。ひとつの脳をもってひとつの心とみなしがちなのは、ひとつの脳の内側同士の相互作用の密度が大きいからである。(鈴木健なめらかな社会とその敵』)

以上の記述が示しているように、僕らが「自分」とそうでないものの間に引いている境界は、ひとつの便利な説明原理にすぎない(その仮定的な境界をもとに、「責任」とか「人権」みたいなものが付与されるから、この境界への信仰はさらに強まる)。

 

しかし、「私」と呼んでいるものの中味は、ビリヤードの球のように固定的ではなく、覗けばその都度違うものが詰まっている、はかないものである。

「私」とその他を分別するその境界も、定かではない。

これをおそらく「無常」とか「無我」と呼ぶのだが、僕は「無」我とまで言う気にはなかなかなれない。

 

あらゆるものが網状に絡み合う諸々の関係性の中で、その都度「私」と呼ぶべき勢力範囲(閥)を持った主体が、存立してきているようにみえるからだ。

時にはものすごく孤独で、寂しい存在として。時には何か(誰か)と一体化したような気になり、「私たち」と呼べるほどのより大きな凝集体として。

(『クォンタム・セルフ』(ダナー・ゾーハー)という本は、この一瞬ごとに現れるひとつの秩序形態を「ボース=アインシュタイン凝集体」という言葉で示している。)

 

僕がsvadhyaya(自己理解)という言葉の文脈で「自分」という言葉を使った時、念頭に置いているのはこのような主体である。

つまり、一瞬一瞬境界を引き直しながら、諸々の関係性の上に刹那的に出立してくるような「自分」である。

なぜヨガにおいてこの「自分」を取り扱うのが可能になるかというと、変化の只中において、またあらゆるものとの関係の只中において、その都度現れてくる「自分」を観るからである。

tapas(不純物の除去、ヨガにおけるいわゆる「健康効果」)と同時に、つまり変化しつつある主体としての「私」を対象に、このsvadhyaya(自己理解)が起こる。

特に「呼吸」といった、あらゆるものとの関係性を意識せざるを得ないような状態のもと、このsvadhyayaが起きる。

 

ヨガにおける自己理解は、このような実践の中で起こるからこそ、近代的精神が作り出した「固定的な自己」という幻想にとらわれずに、変化の只中における「自分」を見つめることができる。

 

 

では、ヨガにおいてもう一つ同時に起こるとされる、isvarapranidanaとは何か。

通常、「自在神祈念」と訳されるこの言葉だが、特定の神を信仰していない僕としては、もう少し自然科学的に表したい。

 

T.K.V.デシカチャー(僕の先生の先生)は、このisvarapranidanaを

「行うすべての事に対して主人ではなくなること」("The Heart of Yoga")と訳している。

行いによってこの世に現れてくる現象は、(ニュートン的な世界観における)「個」が所有できるものでは決してない。

というより、何かを所有できたり、その責任のすべてを引き受けたりできるような、一貫した同一性を持った「個」など存在していない。

(一時的に出立する)私の行いは、地球の裏側で起こった些細な出来事からも、わずかながら(決してゼロではない)影響を受けている。そしてその行いも、すぐに世界の中に溶け込み、またあらゆるものに伝播してゆく。

そう考えると、限られた勢力範囲しか持たず、しかもその範囲さえ現れればすぐに消失してしまうはかない主体としての「私」が、何かを「所有」しようとしたり、「コントロール」しようとしたりすることを、あきらめざるを得ない。

ここにおいて、「諦念」が生じ、世界を貫いている、大きな流れに身を任せたくなる。

諸々の関係性も、絡み合う因果の連鎖も、はかなくも現れる「私」の行いも、「なるようになれ」、と。

その「大きな流れ」と言うべきものに思いを馳せた時、「神」という言葉を使いたくなるのも分からなくはない。

 

(こんな風にして、「不所有」、「身を委ねる」という一見倫理的お説教のような文言を、自己規律的に課すよりも、「もはやそうでしかあれないもの」として理解し直していくことが、僕の望みのひとつである。)

 

さて、書く前よりもさらにややこしくなってしまったような感も否めないが、いかがだろうか。

 

ここに記されているアイデアだって、一時的に現れてはすぐに無意味になるようなものかもしれない。

だが、少なくとも僕にとっては、「一時的にでも現れるべきもの」だったのだ。

 

「結局なんにもしていない」のと同じような次元で、「それをしなかったら却って不自然だ」と言えるような次元で行為できたらよいな、と思うし、この文章を書きつつも、そうであるように努めたつもりだ。

 

f:id:yutoj90esp:20181111023652j:plain