ヒッチハイクつくば~広島 体験記② 「BE HAPPY」 の真意
ヒッチハイク体験の第二弾。
第一弾はこちら「待つことについて」 。
ヒッチハイクは、成功より失敗の方が圧倒的に多い作業だ。
野球のイチロー選手が大記録を出したときに、「打った本数よりも、むしろその陰にあるより多くの失敗の方に価値があるように思います」とのことを言っていた。
そんな偉大さとは無縁だが、失敗の割合で言ったらヒッチハイカーも負けていない。
打率3割なんて夢のまた夢で、よくて0割1分くらいだ。
わずかな成功の裏には、莫大な失敗がある。
この失敗の時間をどう過ごすか。それが僕にとって問題だった。
今回の旅で、僕がとっていた処世術がある。
それは、通り過ぎる車にいる人たちの、「幸せを願う」ということだ。
実際に僕は、目的地を書くスケッチブックの裏に、その時思いついた言葉を書いた。
その一例が、これだ。
乗せてくれる見込みがないと分かった車に向けて、この裏面を見せることにした。
一瞬不思議そうな顔をした後、笑顔を返してくれる人も多くいた。
こうすることによって、圧倒的に長い失敗の時間が、失敗ではなくなる。
人々の幸せを願うという時間は、僕にとっても幸せなものだからだ。
僕の立っている道を、なんらかの縁によって通り過ぎた人たちに向けて。
この作戦は、ヒッチハイク前夜に思いついたことだ。
初めてのヒッチハイク。楽しみより不安の方が大きかった。
そんなときふと、
乗せてくれなくても、この道を通ったあなたが幸せでありますように。
という言葉を思いついた。
全国各地に向けて、人々の幸せを祈りに行けるのなら、こんなに幸せなことはないじゃないか、と。
このおかげで、立っている時間が苦ではなかった。むしろ、そこに立っている時間が長いほど、その地に向かって多く祈ることができる(と、強がってみたが、3時間も立っているとやはりつらい)。
結局、最長は僕が住んでいるつくば市だったのだけれど。
まあ、もしかしたら一部の人は快く思わなかったかもしれない。
そりゃそうだ。わけもわからず突っ立ってるヤツに勝手に幸せを祈られてもね。
でも、それが僕のできる、最大限のことだった。今回の旅は、受けた恩が圧倒的に多いのだけれど、僕が何かできるとしたら、祈ることだった。
そのおかげかは分からないけど、今回の旅では多くの幸運に恵まれた。
四日連続の野宿も覚悟していたのに、一日で済んだ。
浄土真宗のお寺さんに拾っていただき、二日も宿を提供していただいた(しかも、仏さまの前の寝床を!)。「これも菩薩行だ」と何とも太っ腹なお兄さんだった。
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またある時、サービスエリアのベンチで寝ていたら、そこで働いているおばさんが、「うち近いから泊めてやるよ」と声をかけてくれた(彼女はサービスエリアのレジ打ちでありながら、日本で一、二を争うプロボウラーでもあった!)。
他にもたくさん。
僕が今回受けた恩を、いろんな所で循環させられたらいいなぁと思う。
帰ってきて、こんな曲を聴いた。
例によって、BUMP OF CHIKCENより。
ねえ 優しさってなんだと思う さっきより解ってきたよ
きっとさ 君の知らないうちに 君から貰ったよ 覚えはないでしょう
「ひとりごと」
ここまで読んでくれたあなたも、幸せでありますように。