体和 Tai-wa 日記

茨城県つくば市を拠点に、体和塾(カラダを和ませ、カラダで世界と和する塾)主催。ハートオブヨガ、甲野式身体術が主な発想の源。

人が変わるということ

「私、変わったの!」などと宣言することは、

変わる以前の自分にとらわれ続けていること(あるいはまったく変わっていないこと)の、強すぎる証明である。

 

変わろうとするその言動が、過去の自分をかき消そうとする消しゴムの動きをしている限り、その動きは全く自由ではない。しかも、消しゴムは、消しゴムである限り、引かれていた鉛筆(=変わろうとするときに否定をする過去の自分)と同じ動きをするのである!

 

「なろうとしたってなれないけれど、気がついたら自然となっている」という種類のものが、何か課されたもののような言葉になって僕らを苦しめることって、すごく多い。

 

『ヨーガ・スートラ』で描写されている倫理的、あるいは超自然的な境地も、ほとんどがそうなのだろう。

 

そう考えると、僕らが能動的になし得ることは何もないのか、となる。

何かをやろう、あるいはある状態になろうと意志してしまうことが、今はそうでないことの強すぎる証明になってしまうのだとしたら、僕らにできることは何なのだろうか?

 

マーク・ウィットウェル曰く、ヨガの8支則の中で、意識的に実践できるのは、アーサナとプラーナヤーマだけだ、と。

確かに。。

さらに、このふたつすらも「意志せずとも」行えるようになってこそ、ヨギと呼べるのかもしれない(そうなれば、「私はヨガをしてます」と言うことすら、無意味が言い過ぎなら不要ということになる)。

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何か他のものになろうとしなくても、あなたはそのままで素晴らしい。

この言葉にも、大きな真実味があるのだが、なかなか言えたものではないし、そう思おうとしたって思えるものではない。

 

ただ、あえてこのことを「言ってみる」ことにも、価値がないわけではない。

確実に揺さぶられ、自己の見直しを図られるような人、状況があり得ることも確かだ。

 

万人にばらまかれるものとしてではなく、その時その人に届くからこそ、言葉には力が宿る。

 

何かの拍子で人が変わる、という体験をすることはとても貴重なことだし、それに至るさまざまな要因が、言葉となり、かたちとなり、この世に溢れているのは、不思議だし面白い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕らのからだから生まれる道徳について

ものすごく「不道徳」だと言われるような立場も想定して、道徳を考える必要がある。

 

例えば、「人間の死を悲しく思わない」という人がいたっていい。

 

人間が、人間や動物の死(特に目の前で起こる)に対して「悲しい」という感情を持つのは、

たんに人間的な身体が、それを「悲しい」と知覚するからに他ならないのではないか。

 

細胞ひとつひとつの死を悲しみ、逆にそれらの生成を歓ぶような存在がいてもおかしくない。

それは、道徳的に優劣があるわけではなく、視点が違うだけだ。

 

あくまで人間は、「人間的身体」の制約のもと、「道徳的だ」とかそうじゃないとか言っている。

 

ただし、以上のような想定が可能だとしても、僕ら人間はそうたやすく「人間的身体」を離れることはできない。

こうしている今も、僕は「人間する」することを仕向けられ、そうするしかない存在なのだ。

 

目の前で人間や動物が死ぬのを、僕は見たくないし、それを「イヤ」だと思うようにできているカラダからも、脱却できる気はしない。

 

かたち、語られることば

これこそは!

と決定できるようなことばもないし、かたちもない。

足場を固定できるような理想型なんてどこにもない。

 

僕らが捜しているのは、理想的な着地点ではなく、飛び続ける技法であり、飛んでいるその最中にみる景色である。

 

だから、飛び続ける必要がある。

説明すること、分析することよりも、紡ぐこと、語りが生まれてくることが大切。

どこかでかたちを確立することよりも、その時々であるかたちをとり、あるかたちに「なっていく」ことが大切。

 

たぶん、それが、ふとしたときに「うつくしく」感じられるのだろう。

言いたくなってしまうとき

わざわざ言わなくてもそこにあるのに、言いたくなってしまうとき。

 

「それでいいんだよ」

「あなたはそれで完璧なんだよ」

「生きているって素晴らしい」

 

たぶん、それは不安だからなんだろう。

 

もっと根本的にそう感じ取れたとき。

言わなくてもそうであるような身体であるとき。

 

たぶん、言葉はいらなくなる。

 

とことん、これは、「目指す」べきものではない。

ただ、「そうである」ようになっていく。

自分の言葉で語る勇気

他人のカラダを通って、一度この世に表出した言葉がある。

 

それを真似したくなってしまうことがある。

自分がそれを真似したくなるということは、その言葉は少なくとも一人(=自分)には許容され、称賛さえされた歴史を持っているのだ。

 

だから、その言葉をそのまま流用するのには、安心感がある。

少なくとも、誰かはこの言葉を許容してくれるだろう、と。

 

でも、それは他者に乗っ取られることだ。

自分を失っていくことだ。

 

僕のカラダから語られる言葉の中で、最も力を持つのは、僕自身の血で語られた言葉だ。

勇気を持って、自分の血を以て語ることにしよう。

 

ヒッチハイクつくば~広島 体験記② 「BE HAPPY」 の真意

 

ヒッチハイク体験の第二弾。

第一弾はこちら「待つことについて」 。

 

ヒッチハイクは、成功より失敗の方が圧倒的に多い作業だ。

 

野球のイチロー選手が大記録を出したときに、「打った本数よりも、むしろその陰にあるより多くの失敗の方に価値があるように思います」とのことを言っていた。

 

そんな偉大さとは無縁だが、失敗の割合で言ったらヒッチハイカーも負けていない。

打率3割なんて夢のまた夢で、よくて0割1分くらいだ。

わずかな成功の裏には、莫大な失敗がある。

この失敗の時間をどう過ごすか。それが僕にとって問題だった。

 

今回の旅で、僕がとっていた処世術がある。

 

それは、通り過ぎる車にいる人たちの、「幸せを願う」ということだ。

実際に僕は、目的地を書くスケッチブックの裏に、その時思いついた言葉を書いた。

その一例が、これだ。

 

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乗せてくれる見込みがないと分かった車に向けて、この裏面を見せることにした。

一瞬不思議そうな顔をした後、笑顔を返してくれる人も多くいた。

 

こうすることによって、圧倒的に長い失敗の時間が、失敗ではなくなる。

人々の幸せを願うという時間は、僕にとっても幸せなものだからだ。

僕の立っている道を、なんらかの縁によって通り過ぎた人たちに向けて。

 

この作戦は、ヒッチハイク前夜に思いついたことだ。

初めてのヒッチハイク。楽しみより不安の方が大きかった。

 

そんなときふと、

 

乗せてくれなくても、この道を通ったあなたが幸せでありますように。

 

という言葉を思いついた。

全国各地に向けて、人々の幸せを祈りに行けるのなら、こんなに幸せなことはないじゃないか、と。

 

このおかげで、立っている時間が苦ではなかった。むしろ、そこに立っている時間が長いほど、その地に向かって多く祈ることができる(と、強がってみたが、3時間も立っているとやはりつらい)。

結局、最長は僕が住んでいるつくば市だったのだけれど。

 

まあ、もしかしたら一部の人は快く思わなかったかもしれない。

そりゃそうだ。わけもわからず突っ立ってるヤツに勝手に幸せを祈られてもね。

 

でも、それが僕のできる、最大限のことだった。今回の旅は、受けた恩が圧倒的に多いのだけれど、僕が何かできるとしたら、祈ることだった。

 

そのおかげかは分からないけど、今回の旅では多くの幸運に恵まれた。

四日連続の野宿も覚悟していたのに、一日で済んだ。

浄土真宗のお寺さんに拾っていただき、二日も宿を提供していただいた(しかも、仏さまの前の寝床を!)。「これも菩薩行だ」と何とも太っ腹なお兄さんだった。

 

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またある時、サービスエリアのベンチで寝ていたら、そこで働いているおばさんが、「うち近いから泊めてやるよ」と声をかけてくれた(彼女はサービスエリアのレジ打ちでありながら、日本で一、二を争うプロボウラーでもあった!)。

他にもたくさん。

 

僕が今回受けた恩を、いろんな所で循環させられたらいいなぁと思う。

 

帰ってきて、こんな曲を聴いた。

例によって、BUMP OF CHIKCENより。

 

ねえ 優しさってなんだと思う さっきより解ってきたよ

きっとさ 君の知らないうちに 君から貰ったよ 覚えはないでしょう

「ひとりごと」

 

 ここまで読んでくれたあなたも、幸せでありますように。

 

ヒッチハイクつくば~広島 体験記① 待つことについて

 

人生初のヒッチハイク茨城県つくば市から広島まで、計4日かけて往復した旅のレポートを書きます。

ヒッチハイクのノウハウ的なことはたぶん他の人がいっぱい書いているので、僕はヒッチハイクの時の心情をメインに書いていきます。

 

待つということ

 

鷲田清一さんの『待つということ』を愛読している友人から、こんなことを言われたことがある。

 

何が来るのか分かっていたり、あと何分で来るかが分かっていたりする状況で待つのは、本当の待つとは言えない。

「待つ」とは、来るか来ないかも分からない何かの到来を、もしかしたら永遠に来ないかもしれない何かを、待つともいわずにただ待ち続けることである。

 

 

一言一句は合っていない気がするけれど、大方こんなこと。

確かに僕らは、彼が後半部で言っているような待ち方をほとんどしなくなっている。

 

ちょっと待ち合わせに遅れることが分かれば、すぐに連絡をとって、あと何分だとか、それまで何しよう、とか考えることができてしまう時代だからだ。

 

ヒッチハイクは、そんな時代の中で、「ただ待つ」ということができる貴重な機会だった。

なにせ、いつ、誰が車を止めてくれるか分からないし、もしかしたらずっと誰も止まってくれないかもしれないのだ。

 

ヒッチハイク開始から1台目に乗せていただいたあと、つくばの高速IC前で、3時間ずっと立っていた。

序盤からつまずき、心が折れかけた。

 

実際のところ、高速に乗るまでが一番難しいのだ。

近くにはバス停があったので、それに乗って東京まで行けたらどんなに楽か、、、という誘惑もあった。

 

諦めかけて、バス停に行こうかな、と思った頃、救いの車が現れました。

 

「さっきも通りかかって、「なんかやってるなー」と思ったから、もう一回通ってまだいたら乗せてあげようと思ってたの。」というお兄さん。

 

 

そんなこともあり、無事高速にのることができました。

 

往復でお世話になった車の数は、実に19台。

 

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ヒッチハイカーの直観(?)

 

後半になってくると、変な直観もはたらくようになってきました。

 

例えば最終日の朝、スタートは、愛知の一宮サービスエリア。

そこから次の東郷という小さなパーキングエリアで降ろされてしまったときのこと。

 

小さいパーキングエリアは、当然車の数も少ない。

 

しかも、そこから僕の行きたい静岡方面に向かい、かつヒッチハイカーを乗せてくれるだけのスペースと時間と心のやさしさを備えた人が通りかかってくれる格率は、どう考えてもかなり低い。

 

これは、キツイ回になるなー、と覚悟しながら、朝7時くらいから立ち始めました。

 

案の定、1時間半経っても、全然止まってもらえない。

 

そんな時、ふと湧いてきた想い(?)

 

「絶対、9時までには誰かが乗せてくれる!」

 

何の根拠もないのに、なぜか、絶対に動かしがたい確信として、そう思ったのでした。

 

そして、8時50分ごろ。黄色の車に乗ったお兄さんが、僕の前で、何回か迷った素振りを見せながら、ブレーキを踏んでくれたのでした。

しかも、静岡県を飛び越え、神奈川県の足柄まで運んでいただきました。

 

まあ、こんな直観なんてめったにはたらくものじゃないし、はたらいたとしてもあんまり信用するもんじゃない。

自分にこんな種類の直観がはたらくことを予期する、期待してしまう心もまた、不純な「待つ」になるのです。

 

というわけで、今回の経験、自分にそういう種類の直観がはたらきうることの経験は、貴重なものだったけれど、一回限りのことと思ったほうがよい。

貴重な経験はそれとして、今度何に臨むにしても、またそのときの自分に頼るしかないのです。

 

(またヒッチハイクにチャレンジするかは分からないけれど!)

 

こんな僕を拾ってくれた人たちに感謝を込めて。