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体和日記 Tai-wa-nikki

つくばを拠点に、体和塾(カラダを和ませ、カラダで世界と和する塾)という活動をしています。主な着想元は、ハートオブヨガと武術的な身体術。

ヨガは、あなただけのためじゃない

インドでの一番の衝撃

 

 インドでのヨガティーチャートレーニングにて、最も衝撃的だった出来事を紹介します。

 

 それは、空き時間に、インド人の友達(30歳くらい)と二人で自主練習をしていた時のことでした。

 

 普通にヨガのポーズを練習していた彼が、いきなりこんなことをしゃべり始めたのです。

 

このポーズは僕がやっているんじゃない。神が、シヴァ神が、僕にこのポーズをとらせているんだ。

 

 彼はポーズをやめ、天を見上げて、さらにしゃべりつづけました。

 

世界中が平和になってほしい。僕はみんなを愛している。僕は富める人を愛している。貧しい人も愛している。朝ごはんに食べるフルーツも、道に生えている木々も、道端で歩いている牛も、僕はすべてを愛している。

 

この言葉は、僕がしゃべっているんじゃない。シヴァ神が、僕の身体を媒体にしてしゃべっているんだ。

 

僕は、このためにヨガをしている。神様とつながるためにヨガをしているんだ。

 

 

 

 このような調子で5分くらいしゃべり続けた後、彼はふといつもの調子に戻って、「ユウト、今の僕の言葉はどうだった?」と聞いてきました。

 

 僕は圧倒され、ちょっと怖い気もして、うまく言葉を返せませんでした。

 

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 ポーズをとっているのは「誰」か?

 

 彼は、それほど身体が柔軟なわけではありませんし、ポーズがずば抜けて美しいわけでもありませんでした。しかし、私が「柔らかくなること」、「ポーズができるようになること」などに執着してしまうと、それは苦しみへと転化します。

 

 彼は、そういった執着が皆無でした。なぜなら、「ポーズをとっているのは自分ではない」からです。

 

 

ヨガ(union)とストレッチは何が違う?

 

 日本や欧米でヨガをやる人のほとんどは、「身体を柔軟にしたい」、「肩こりを解消したい」、「気分転換がしたい」など、つまるところ「自分のために」ヨガをやっています。しかし、あえて強めに言うと、その「自分のため」という観点だけでヨガをやっているのでは、高度に発達したストレッチや体操と変わりません。

 

 では、何がヨガをヨガたらしめているのかというと、やはり彼が行っていたような「献身」は欠かせないと思うのです。実際に、インドの伝統的なヨガの体系には、アーサナ(ポーズ)を伴わない、「バクティ・ヨガ(信愛のヨガ)」という派も存在します。

 

 別にヒンドゥー教の神であるブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァなどを信仰しろとは言ってないのです。神という言葉に抵抗がある方は、「大自然」、「真我」などの言葉に置き換えて考えてみましょう。

 

 例えば、ポーズの練習をする前に、練習ができるカラダを持っていることに感謝をする。(虫に生まれればヨガはできなかったわけですしね。)ヨガができる環境に生きられていることに感謝する。「太陽礼拝」というポーズの際、毎日すべてを分け隔てなく照らしてくれている太陽に思いを馳せてみる

 

 Union(結合)という意味を持つヨガが目指すのは、単に「あなた」が幸せに生きることだけではありません。この営みを通して、大自然とつながり、世界の平和のために祈ること。もし人生において、ヨガに出会うという幸運に恵まれたならば、ヨガのこんな面もぜひ味わってほしいと思うのです。これが、新米ヨガティーチャーとして動き出した僕が、伝えたいことです。

 

(後日追記)この記事に関して、こちらの記事で自己批判してます。よかったらぜひ。