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体和日記 Tai-wa-nikki

カラダを和ませ、カラダを使って、世界と和する。茨城県つくば市から、あふれる言葉たちを、つらつらと。

心に「リミッター」ありますか?

体和的人生考

カラダに備わった「リミッター」

僕たちは、お腹が空くと食べ物を欲し、食べます。ある程度の量食べれば、空腹は落ち着き、食べるのをやめます。満腹になれば、「これ以上いらない!」と感じ、食べるのを拒否します。カラダはそのようにできています。仮に心身に何らかの不具合があり、食べても食べても満足できない、という状態に陥ってしまうと、健康を損なってします。

 

情報の「食べ方」

 ところで、僕たち現代人は、SNSなどによって日々多くの情報に晒されています。毎日大量の情報を「食べている」と表現することもできましょう。

 

 食べ物の摂取ならば、満腹になったところで「もうこれ以上食べられない!」とカラダが教えてくれます。このストッパーのおかげで、僕たちの多くは食べ過ぎることから守られているのです。

 

 しかし、一方で情報を「食べる」際、僕たちの多くは「リミッター」を備えずに、次々と情報を取り入れてしまいます。「これ以上いらない!」と感じて食べるのをやめるという機能を、失ってしまっているのです。

 

 情報は、多ければ多いほどよいというものではありません。食べ過ぎがカラダによくないのと同様に、情報が多すぎることも心身にとってよくありません。

 

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 リミッターのない心で次々に情報を取り入れていくと、自分が本来何を求めて情報を探り出したのか分からなくなってしまいます。ある調べものを目的にパソコンを開いたはずが、たくさんの情報を目の前にし、惰性でクリックしているうちに本来の目的を見失ってしまう、なんてことはよくあります。

 

 心を統御するとは、それほど難しいことなのです。皮肉なことに、情報技術が進歩し、通信環境が良くなるほど、心の統御は難しくなります。次々に情報が目の前に現れるわけですからね。あえて強めに言うと、統御できない心を抱えたままSNSなどをぼんやりと眺めることは、まったく鎧をまとわずに次々と弾が行き交う戦場に行くようなものです。

 Yogah citta vritti nirodha. (ヨガとは心のはたらきを統御することである)

『Yoga Sutra』第1章2節

 心を統御すること、このことがヨガの最終目的です。とはいっても心は統御するのが困難ですから、まずはカラダや呼吸の統御を目指し、間接的に心を統御しようとするのです。

 

 そのためには、自分のカラダが発するシグナルに敏感になることが大切です。食べるときに、「もうお腹がいっぱい!」と感じられることもそのひとつです。それと同じように、情報を「食べる」際にも、「これ以上いらない!」と感じて適切にやめられるか。

 

 ヨガのポーズでカラダのバランスを微細に統御しようとするのと同じように、心を微細に扱うことができるか。

 

 SNSを見るときの自分を顧みると、ヨギ(ヨガを実践する者)としての進歩具合が分かるかもしれません。